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蟲愛づる姫君の話

 11世紀半ばから12世紀にかけての短編を集めた『堤中納言物語』。「蟲愛づる姫君」は、その白眉だ。

 物語の主人公は、うら若き美人である。隣近所に住む蝶愛づる姫君をはじめ、世間一般の人々は、花や蝶を愛でるが、それは花や蝶が美しいものだという世の通念にただ従ってのことである。主人公は、先入観なしに自然を自分の目でよく見ること、虫が成長し変態をするのを観察するのが大切なのだ、と云う。彼女は、虫を掌にのせ、毛虫の歩く様子を面白がって観察する。使い走りの男の子らを虫採りに行かせては、虫の名前をこの子らに聞く。子どもたちでも知らない虫は、新種だから、主人公の姫君は、この虫に新しい名前をつけてやるのだった。

 「女の子は、気味の悪い虫なんか、いじるものじゃありません。男の人に好かれませんよ。」と、年若い女房たちは姫をたしなめるが、虫を見るときゃあきゃあと騒ぐ女房たちを姫は、「けしからず、凡俗なり。」と叱りつける。「もう年頃なのだから、人並みに化粧しないと・・・。毛虫なんか飼うなんて、人聞きの悪い。外聞が悪いですよ。」と、母親も意見をするが、姫は、眉毛を抜いて黛を掃き、お歯黒をすることを、「人は、すべてつくろふ所あるはわろし。」と、云う。自然なのがよいと思っている姫は、そのような化粧が嫌いである。「物事の根本を追求し結果をつきとめてこそ趣があるものです。蝶のもとは毛虫なのよ。人間が着ている絹にしても、繭からカイコが成虫になって出てしまったら、絹糸をとれなくなってしまいますよ。」と云って、姫は、カイコや繭やそれが成虫になるところを母親に見せるのであった。知性的で聡明な女性である。

 ある上達部(かんだちめ)のいたずら息子が、蛇のビックリおもちゃを作っておどかそうとしたときに、女房たちは悲鳴をあげて逃げまどい、姫もさすがに蛇は恐くあたふたとする。このときの姫の様子が何とも可愛らしい。

 姫に好意を持った右馬の佐(うまのすけ)は、「姫君は、口もとも可愛く清げだけれど、お歯黒をつけていないから色っぽさがない。」と、仲間の君達(きんだち)の手前、あきれたふりをするけれど、「あんなに身なりも構わずにいるけれど、ちっとも見にくくなんかない。華があってあざやかに気高く綺麗だ。」と感じている。夢中で毛虫を採っているところを男に見られていると知り、あわてて奥に入るその際に、素早く毛虫を袖に拾い入れる姫の様は、生き生きとして可愛い。平安朝の魅力的な女性だ。

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